「先生」と呼ばれる人達

【教師・弁護士・医師・議員・・・】
 古くからの有名な川柳に、「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」というのがある。「先生」と呼ばれて良い気になっているが、呼んでいる方は本当には尊敬しているわけではないとの皮肉である。

 本来は、「先に生まれた人」つまり年上の人、先に勉学を始めた人、その道で先に進んだ人、経験・知識を持った人、で尊敬を込めた意味なのだろう。

 しかし、例えば教師・大学教授についても、自分が教わった方なら「先生」でおかしくないが、習ったこともない人にも「先生」は少々おかしな言い方である。

 弁護士や医師など、小学生以降学生時代は多分秀才で通し、難関の大学に合格。資格取得の受験勉強やインターンでも1日中その時間を費やす。

 そして社会のことを全く知らず難関の資格試験に合格して資格を取得した瞬間から「先生」と呼ばれる。先輩からも、依頼者・患者からもその日から「先生」と呼ばれ、自分が何か偉くなった気がして上から目線の話し方になっていく。

 東大では、自分が教わった教師以外は先生と呼ばないルールがあるそうだ。NHKや朝日新聞などでは、努めて「先生」を使わないようにしているように感じる。

 記憶では、元衆院議長の故土井たか子さんは、「お互い先生と呼びあうのはやめよう」と言っていたのを覚えている。

 企業では、役職で呼ぶのが日本のマナーになっているが、その同じ流れにあるのかもしれない。飲み屋などでは、「社長」「社長」と客にいうのも同類か。 

【「先生」と衝突】
 先日、入院中の母の主治医と大喧嘩した。すでに5ヶ月の付き合い。母の命が人質になっているので、どんなことを言われてもじっと我慢を繰り返してきた。

 先日、あまりにも高齢者と家族を侮辱する言葉が続き、とうとう私の我慢の限界を超えた。思ってきたことの1/10位でしかないが、率直にお話しした。

 後ほど「先生」からお詫びの言葉が届いたが、これから先、どうやって信頼関係を再構築していくのか、ベッドの上の母の顔を見ながら思うこの頃である。

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