「男はつらいよ50-お帰り寅さん」を観る

【最終作から24年振りに寅さんが帰ってきた】
 甥の中学生の満男が寅さんに聞いた。「人間ってさあ、何のために生きているんだろう?」。すると寅さんは一瞬考えてポツンと答える。「ああ、生きてきて良かったなあって思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてるんじゃないか?」。

 映画の冒頭部分に出てくるこの回想シーンがとても印象的だった。今回の映画のテーマのような気がした。

 第1回の映画「男はつらいよ」が公開されたのが1969年。それから50年目の昨年年末に第50作「男はつらいよ50ーお帰り寅さん」が公開された。

 1996年に渥美清さんが亡くなり、第48作で震災から復興しつつある神戸・長田区の人々に「苦労したんだなあ。本当に皆さんご苦労様でした」と語ったのが寅さんの最後のセリフとなった。

 第25作のリマスター版の第49作「特別篇」を経て、それから23年が経った。今の30歳以下の若者たちは寅さんを全く知らない世代となった。

 その山田洋次監督が50年記念に第50作の「男はつらいよ50-お帰り寅さん」を製作することにしたという。どんな作品になるのか、単なる過去の作品の回想の繋ぎ合わせでは面白くないし、寅さんファンとしては期待と不安が一杯だったが、監督自身が「今まで観たことのない作品が出来た」と驚くほど、素晴らしい想像を超える作品だった。

【現代のくるまやで】
 舞台は現代。23年を経て柴又帝釈天参道の草だんご屋「くるまや」はカフェ「くるまや」になっていた。店の奥は昔の住まいそのままで諏訪博・さくら夫婦が暮らしている。おっちゃん、おばちゃんの姿はない。

 第48作で恋人及川泉(後藤久美子)から結婚の報告を受けてショックを受けたさくらの子満男(吉岡秀隆)は、その後結婚し中学生の娘がいてマンションに住むが、6年前に妻が病気で亡くなり男手一人で娘を育ててきた。

 サラリーマンになるが、思うところあり会社を辞め小説家となる。作品は好評も、なかなか続編が進まない。いやいや開いたサイン会で、偶然その会場の本屋に来ていた泉(ゴクミ)と23年振りに再開する。

 泉はオランダに行き結婚。難民問題に関わり、今は海外で国連難民高等弁務官事務所本部で職員となり、夫と2人の子どもと暮らしている。仕事でたまたま日本に来ていた。

 映画は満男の妻の七回忌の法要の場面から始まり、満男と泉の3日間のドラマを中心に、寅さんの旧作の数々の場面が回想シーンとなり散りばめられる。それが無理に繋ぎ合わせた感じは全くなく、場面場面で寅さんが生き生きと登場する。

 そしてなにより、寅さんはまだ死んではおらず、旅立ったままいつ帰ってくるか分からないという設定だった。「いつ帰ってきてもいいように、2階をそのままにしている」とさくらの言葉。

 登場人物は、すべて23年経って博(前田吟)もさくら(倍賞千恵子)も満男(吉岡秀隆)も源公(佐藤蛾次郎)も朱美(美保純)もすっかり現代の年になっていたが、寅さんだけは決して年を取らない人間に思える(1928年生まれの渥美清さんがもし今も生きておられたら91歳になる。91歳の明るく元気な寅さんはやはり無理があったかもしれない)。

【若かりしマドンナが次々と】
 これまでのマドンナの回想シーンもふんだんに挿入され、30~40年前の映像の美しいマドンナには感嘆ものだった。吉永小百合、栗原小巻、若尾文子、八千草薫、松坂慶子、いしだあゆみ、竹下景子、秋吉久美子、後藤久美子、浅丘ルリ子・・・・。

 映画の最後では、満男が新しい小説を書き始め、寅さんを題材に書き始めたようだ。いつも味方だったおじさんのことなら、いくらでも筆が進むことだろう。

 最後の場面で、泉を成田空港に見送る満男が、妻が6年前に病気で亡くなったことを告白すると、「だから満男君が好きなのよ」と泉が満男に飛びついてキスをするシーンはとても美しかった。

 山田監督も今年88歳を迎え、今回は通算88作目となった。新藤兼人監督やイーストウッドなどを意識していて、まだまだ100歳位までは映画を撮り続ける気がする。「お帰り寅さん」もまだまだ続くかもしれない。

 毎回日本中に笑いと涙を溢れさせた映画シリーズ「男はつらいよ」。「ああ、生きていてよかった」と観客に思ってもらえるよう、寅さんの言葉を通じてそっと背中を押され、元気をもらえる素敵な映画が出来上がった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント