「江戸東京ててもの園」へ

【江戸から昭和初期の建物が30棟】
 お昼から小雨が降った今日、我が家の地元公民館の主催講座企画で、東京都小金井市にある「江戸東京たてもの園」を初めて訪れた。

 この施設は、墨田区にある「江戸東京博物館」の分館として、都立小金井公園の一角に1993(平成5年)に同時に開園した。面積は7haの広さで、江戸から昭和初期にかけての30棟が移築され、室内も開放されている。

 入場料は一般400円、65歳以上は200円。西ゾーン・センターゾーン・東ゾーンと3つに分かれ展示されている。

【江戸時代中期~後期の農家】
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 上の写真は「吉野家(農家)」。江戸時代後期の名主の家で現在の三鷹市にあった。玄関があり、農家としては別格。
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 写真は「八王子千人同心組頭の家」。甲州からの攻めを守る徳川家の武士団の組頭の家。一般民家より高い格式を持つ。
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 上の写真は「旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)」。徳川家光の長女千代姫が、尾張藩主徳川光友の正室となり、母お振りの方(家光の側室)を供養するため建立した霊屋。江戸初期1652年に現新宿区富久町に建てられた。造りが豪華で、日光東照宮を想わせるが、東照宮の修理を手掛け、護国寺や善行寺の本堂を手掛けた棟梁甲良宗清の作。
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 この写真は、首相・大蔵大臣などを歴任した「高橋是清」邸。1936年この建物の2階で、2.26事件で是清は殺された。
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 上の写真は、東ゾーンの建物群。昭和初期頃の建物で、東京の下町の様子を表している。中央は東京の銭湯で、震災後神社仏閣を思わせる唐破風など贅をつくした東京の銭湯を代表する建物。

 右端は、神田などに今でもある震災後に建てられた「看板建築」。間口が狭く、正面が平坦で、そこを銅板やタイル、モルタルなどで仕上げる。震災後の区画整理事業で、短冊状の地所が数多く誕生したことによる。

 どちらも、「千と千尋の神隠し(2001年)」の作画に、これら銭湯や下町商家が参考とされたという。

 平成が来年31年で幕を閉じるが、約100年前になる昭和初期頃の建物他もろもろも、私にはついこの間とも思えるのだが、貴重な保存物となってきたことに小さなカルチャーショックを受けた。

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